インテルの元CEO、アンディ・グローブの伝記的な本の上巻。
経営者を題材にした本としては、かなり実務的で学びが大きい本でした。
マネージャーとしての仕事
1969年、グローブは海軍のR&D担当次官補が電気電子技術者協会のプレゼンの内容を切り抜き日誌に張り付けた。
「プロジェクトマネージャーが、マネージメント情報を眺めてばかりいずに、実務の最前線に足しげく足を運ぶ必要がある」
グローブは事業マネージャーへの道を試行錯誤で進み、雑誌の記事を切り抜いて、そこに書かれた中身が自分の果たすべき役割かどうかを自問した。
- マネージャーは現場をちゃんと見て行く必要がある。正しい情報を得るために全力を尽くす必要がある
ピーターの法則
「人々はみな昇進を通して、やがては自分の手に負えない職責を担うまでになるため、結局は全体として何もかもがうまく運ばない」
- グローブが生涯、意識し続けてきた法則
- 昇進に限らず、自分の限界を超えるまで責任の範囲が増大するため、結果に於いて全体として責任を果たせなくなってしまうという事象
- 実体験としてもこういうことは起きているなと感じている
トラブル対応について
1971年、グローブの日誌にフローチャートや組織図がお目見えする。 僕らはトラブルを切り抜ける能力に頼りすぎていて、そもそも平穏な舵取りをしようという気概が足りない。
- 問題が起きてからの対応は素早く正確であったとしても、根本的にそういった問題にぶち当たらないようにするための施策を打つ必要がある
マネージャーとは
マネージメントとは、上から与えられたいくつもの業務をうまくこなす術を指す。 業務を小分けにして一つ下の階層に割り当て、部下たちがそれぞれの業務を引き受けてくれたら、業務全体を完了する目処がついたと言える。
効果的に仕事をこなすには、各階層が自分達の仕事速やかに下の階層に割り振る必要がある。
また、グローブは、「ご自身に正直になり過ちへの責任を潔く認めてください」という内容をロバート・ノイスに送っている。 神とも崇められたロバート・ノイスにこのように直言する人物は、アンディグローブの他はまずいないだろう。
- グローブは、マネージャーとして下の階層に対して責任を発揮し、かつ、上の人に対しても適切な指摘ができる人物であったのだろう
- 成績を上げている人物にも臆せずに意見を言っていくことも大切
ダメなマネージャーの特徴
- 部下に仕事を任せない
- 業務の切り分けがうまくできない
- 小分けにした業務を各担当者がこなしているかどうかを確かめない
会社の成長について
1973年インテルにとっての課題は、会社の成長と複雑性の増大にどう対処するかであった。
はじめは成長率が高くなるにつれて脱落者の数が減っていく。その後、一定の成長率を越えると脱落者の数が成長率に比例して増大する。
問題は、成長が早すぎると誰もそのスピードについていけないこと、するとすべてがカオスになる。
経営層を占め、なおかつ働き手の失敗率を見極めることのできる立場である以上、成長率がどれくらいを越えたら、全体の歯車が狂い始めるかを見通すのが、自分にとって何よりも大切な役割だろう。 この成長率の上限値は、必ずしも会社が望む成長率とは一致しない。 むしろ脱落者の数を、新規採用者の数よりも少なく抑えたいのだ。
- 会社が成長するに連れて、社員の能力の総和も成長していく必要があるが、業務の複雑さと量の増大を、業務のシンプル化と社員の成長、人材の増加などの要素で埋めていく必要がある
- 実体験に基づくと、人が増加することによって、業務が複雑化することも多く、業務のシンプル化の継続的な実施は会社の成長に欠かせないことだと感じている
1975年に、グローブは自分のために文章を書いている。 30代にもかかわず、いくつもの政治体制に接してきた(グローブはハンガリー出身のユダヤ人なので)ばかりか、様々な事業状況を目の当たりにしてきた。そこから得た教訓は、何事も容易ではないということ。
教訓
全速力での成長には大きな困難がつきまとうが、成長が穏やかになれば、肩の荷も降りるだろうなどという考えは間違っている。
成長は伴ったがいくつもの過ちがその影に隠れてしまった。供給が不足している状況では、取り組み内容を減らしててを抜いたとしても、なんとか切り抜けられる。
成長の途上では、仕事はきつく、体には堪えるかも知れないが、精神的には楽ではないだろうか。
成長が止まると好調時に見過ごされてきた事柄に取り組むチャンスがやって来たと気づく。製造コストを引き下げ、エンジニアリングを加速させ、新しい事業機会を探求することもできる(もっとも現実には、新しい事業を始めるのは容易ではないが)。
要するに、成長の速度にかかわらず、問題に適切な対処ができない、適材適所を実現できないといったことは必ず起きる。こうした問題はいずれ必ず頭をもたげてくる。不意に頭をもたげてきたように思える場合があっても、実際には長い間くすぶっていたのだ。結果として、みんなが絶えず緊急事態に対処しなくてはならず、ピリピリした空気が社内に広がるだろう。
グローブは適切な組織を設け、適材を探してそこに送り込むことに絶えず心を砕いていた。それによって、問題を見通して不必要な危機を避けようというのだ。
- 確かに、問題が表面化したときに、根本的な問題を分析すると今までたまたま表面化していなかっただけの事柄がほとんどであるように思う
- そういった問題の種を放置しておくという事態をできるだけ避けなくてはならないのだろう
心配性
- 以下にあるように、業績が良かったとしてもグローブは決して満足せず、好ましくない事態が起きうることを知っているだけに、批判的な物の見方をしていた
1976年
業績が絶好調の最中、グローブは自身の見通しを日誌にしたためた。悲観的な内容だった。 会社と一心同体なのである。 インテルの業績がパッとしないと自分を責めるのだ。 自分が社内に範を示さなくてはいけないといつでも心得ていた。 自分が立ち止まったら会社も立ち止まる。
1978年
インテルは快進撃を続けていた。 が、グローブの日誌やメモにはそのことは記載されていない。 7月に、なぜ売上高が10億ドルに届かないのかを考え込んでいた。
答えは、「活力と管理」だった。
活力と管理
インテルが小粒だった当時は、個人や少人数のグループが、会社の業務を動かしていくのに必要な活力(自発性や熱意)を産み出すことができた。
しかし、今は「活力」はもっぱら経営陣が産み出していたが、その活力は日々の責務を果たすために費やされていた。目の前の課題にばかり追われ、長期的な視点での発想やプランニングができていない状態が続いていた。 中間管理職は、積極性に欠ける内向きの人材しか見当たらなかった。みんな、誠実さ、能力、品位、善意に溢れ、一生懸命に仕事をしたが、論争には耐えられなかったのである。厄介なこととして、人柄は変えられないし、しかも、人柄と結び付いた行動も、変えることは至難の業である。
グローブの考えでは、充実した管理体制が全社的に欠けており、どうすれば、充実した管理体制を築けるか、考える力が足りなかったのである。
そこで、グローブは中間管理職層からより大きな活力を引き出す必要があると考え、以下のことを行った。
- 下層マネージャーの中から「積極的で進取の気質に富んだ」人材を選り抜き、猛スピードで出世させる
- 採用基準を変更して、起業家的な素質を重んじる
マイクロプロセッサ事業
1979年に始動したクラッシュ作戦によりIBM製品にインテルのマイクロプロセッサ8086が採用された。 大きな要因として以下の事が挙げられる。
- 経営陣が、現場マネージャーの意見に耳を傾ける度量の広さを備えていた
- 中間管理職たちが危機感に刈られ窮状を訴えると、それを見過ごさずに対応した
- 経営陣が現場の意見に基づく判断が出来る状態にあり、実際に判断し行動をとったことが要因で成功をあげられたのであろう
125%の解決策
1981年、IBMからの採用にも関わらず、インテルは初めて売上高と利益が共に減った。利益にいたっては、72%も落ち込んだ。
しかし、「125%の解決策」が生まれ社内に根付いた。 新製品を予定よりも早く投入できるよう、従業員たちが「自発的に」25%ほど余計に仕事をしたのである。
グローブは、低迷期にこそ物事を建て直すべきだと考え、それが実行されないから不満を抱いていたが、1981年にそれは実現され、業務運営や管理の仕組みを刷新した。
秩序
例えば、1971年に始まった「遅刻者リスト」 それは、CEOといえども例外ではなかった。
「社内には億万長者もいるかもしれないが、彼らは朝5時に起きて、夜勤明けの従業員たちをねぎらうのです」
建設的な対立
グローブはあらゆる事柄を(可能であれば定量的に)測定し、日ごとに改善していくべきだという信念を持っていた。
そして、全マネージャーを対象に、順位付けと評価の制度を導入した。 優先事項は、あらかじめ決めた目標と見比べながら各マネージャーの業績を評価することだった。
こういった社風を生み出した手前、グローブは誰よりも厳しい基準を守らなくてはならなかった。
- 事業上のテーマに関しては、徹底してその陰にある真実を突き止めようとする
- 話し合いでは必ず相手ではなく課題に焦点を絞る
- しかし、真実を掘り起こそうとする中で、意図していたかどうかにかかわらず、自分たちを面と向かって責めたと受け止めている人も少なくない
- グローブ自身も穏やかな心境の時に、「自分は相手を十分に理解しないまま深い傷を与えてしまった」と認めている
- ある従業員が「お願いですから、たまにはお叱り以外の言葉をかけてください」というメモを持ってきたが、グローブはそれをデスクのそばの壁に貼り、そのメモは今もなお、彼のオフィスで見ることができる
- グローブから学ぶべきことの一つとして、過ちを認め、謙虚にその過ちを改善しようとする姿勢があると思う
マネージメントとリーダーシップ
マネージメントの活動を「実務中心」、リーダーシップは、「変革」を役割とするという説があるが、こういった定義について、グローブは以下のように述べている
- リーダーシップはマネジメントよりも優れているという価値観を暗に示しているが、実際には両方が求められる
- 一人の人間が、必要に応じて実務的な仕事と、変革とを両方こなせるべきです。テニス選手はフォアとバックを使い分け、同じだけ得意でなくても、とにかく両方を使う
- 企業家は、マネジメントが求められているときはそれを実践し、リーダーシップが求められているときは、それを発揮するべきだ
- マネージメントとリーダーシップは表裏一体である
- 以前に読んだ「最高のリーダー、マネジャーがいつも考えているたったひとつのこと」では、リーダーとマネージャー は根本的に資質が違うので両立はできない的な話があったが、個人的な見解では、グローブの主張が正しいと思われる
- その時々に応じて臨機応変に役割を使い分け両方の資質を卓越させる努力をする必要があると思う
メモリ事業からの撤退
1980年、世界でのシェアが3%もなかったにもかかわらず、DRAM(メモリ)市場からの撤退を決断するまでには、ものすごい苦難が伴ったそうだ。
グローブは、産業史上でも希に見るほど理性的で理屈を重んじる経営者である。 そんな彼でも、経営の舵取りから感情を取り除くのは、危機を乗りきろうとしているときには特に、とても難しいものであると述べている。
インテルの経営陣は、個人的な視点をもとに、メモリ事業にとどまる理由をいくつも考えたが、それは、理由ではなく正当化をしていただけであった。
優先順位は、思い入れの強さによって決まった。メモリはインテルにとって命にも等しい存在だったのだ。
「インテル戦略転換」でもおなじみのエピソードであるが、
1985年、グローブはムーアに「もしも経営陣が一新されたら、新任の経営者はどのような行動をとるだろうか」と聞き、ムーア間髪を入れず「メモリ事業から撤退するだろう」と答えた。 「それなら、一度会社を去り、また戻ってきて、撤退を決断しませんか」といった。
この時グローブは、新任のCEOの視点に立つことにより、従来とは違った角度から意思決定をしたわけである。 自分の立場を離れて客観的に事象を捉え、希望を胸に合理的な行動をとろうとする立場から状況を見据えた。
- 思い入れがあるものであればあるほど、合理的な結論を導きにくい
- そういう時には、主体ではなく客体として事象に当たると、合理的な判断を行い易い
- もっとも、物事を主体的に捉えている時ほど、客観視することが困難であると思われるのだが
撤退からの教訓
グローブの心には絶えず「一度起きたことは再び起こりかねない」という思いがある。 メモリ事業からの撤退を通じて、中間管理職の重要性を改めて認識した。
経営トップが過去の成功に基づく信念に縛られ、現実に対応できずにいる間、様々な人が、資源配分や分析を続けていた。幹部が中間管理職の中に身をおき、周りの意見や行動に注意を払う必要がある。
また、「新しい事柄を始めるのは、やめるよりも簡単である」ということも学んだ。故に、何にかを始めるときは慎重でなくてはならない。
失敗からの改善
メモリでの失敗についてのグローブのコメント
市場シェアが大きな意味を持ち、シェアを握るためには製造能力を拡充しなくてはならないと見に染みました。 このような投資には大きなリスクが伴います。需要の拡大に先だって投資をしなければならないから。
コモディティを扱う事業は旨味が小さいことも痛感させられたので、今後は知的財産を他社にライセンス供与するつもりはありません。
こういったことを背景に、マイクロプロセッサ事業では、IBMが一ヶ月で購入する量がインテルが1年で製造する量を上回っているという状況にも関わらず、セカンドソーシングを行わないと決めた。
しかし、メモリ事業の失敗を受けて、製造分野の能力を磨いていたため、十分な製造能力を確保することができた。
バブルについて
1980年代にIBMがパソコンを発売することによってバブルが起きた。
バブルを乗り越えるのはひどく骨が折れる仕事だった。 何より、バブルの最中には、それがバブルだとはわからない。
群衆心理に飲み込まれ、すべての兆候が「猛スピードで事業を拡大しなければ」と語りかけてくるように思えてくる。誰もが、判で押したように、「今回だけは特別だ」と言い、世の中が変わったのだから、昔の尺度は通用しないのだと。
バブル期には、以下のジレンマが生じる。
- このような決めつけをもとに積極的に事業を拡大するライバルにも対抗する必要がある
- かといって積極的に取り組んだところで、新しい技術が見込み違いの場合もあるし、そうでなくても従業員を抱えすぎるといった事態にも陥る
パラノイヤ
経営者のもっとも重要な役割は、市場で勝利するために従業員たちが熱心に尽くすような環境をつくすことだ。このような情熱に火をつけ、その火を絶やさないようにするためには、恐怖心が大きな意味を持つ。競争の恐怖、破産の恐怖、判断を誤る恐怖、敗北の恐怖、、、これらが大きな原動力となる
グローブの考えでは、成功の醍醐味よりも失敗の恐怖の方が大きな効果を持つ。
それはグローブが産まれてから20年の間、失敗の代償が余りにも大きく、ほどんど死を意味していたからかも知れない。
私は、長い1日の最後にメールに一通り目を通すが、それは恐怖心からである。なにか問題が起きていないか確かめるのだ。夕方には必ず業界紙のページを繰り、気になる記事を切り抜き、翌朝には詳しく調べることにしているが、これも恐怖心からである
- グローブは常に心配性なのであるが、この心配性からの行動力が賞賛に値する
- 心配性であるが故に、その心配を払拭するためにあらゆる行動を行うのであろう
インテル社内のこと
報告
インテルは6つの事業グループから構成されていた。 各グループには古参が配置され、CEOであるグローブに直に報告義務を負っていた。
コンピュータ業界の垂直統合型から水平分業型への変容が、どのような戦略的意味合いを持つかを、真っ先に見抜いたCEOはおそらくグローブだろう。
- 常に情報が円滑に自分の手元に集まってくるような仕組みを作る
- その情報をもとに分析をして、戦略を組み立てていく
人材活用
グローブは、人材の採用や昇進を決めるのに当たって、大学や学校のお墨付きは必要ないと感じていた。
相手がハーバードやスタンフォードの卒業生かどうかではなく、どのような貢献ができるかを知りたいと考えたのである。
コピー・イグザクトリー
コンポーネンツ技術・製造グループのトップの、クレイグ・R・バレットは、「コピー・イグザクトリー」という手法を打ち出し、どの製造施設でも全く同じ条件を整えようとした。従業員に権限委譲をして自分達の時計をもとに製造ラインを止めさせる、というやり方はしないようにした。
- 権限移譲による社員の自由度が重要な場合もあるが、このように同質のものを大量に作るような場合は、自由度をできるだけなくし、同じ条件、同じプロセスのもとに作業を実行できるようにするとよい
なおクレイグ・バレットは、グローブ引退後の次のCEOである
ワン・オン・ワン
1987年、グローブは自身3作目となる「ワン・オン・ワン」を執筆した。 この本のメッセージは、
- 仕事を楽しもう
- 仕事の本質を見つめ、成果をあげることに専念しよう
- 仕事を大切にする人の仕事は、必ず尊重しよう
- 誰に対しても率直さを心がけよう
- 壁にぶつかったら、立ち止まってじっくり考え、自分なりの答えを見つけよう
グローブは、他人の立場に身を置くことを勧め、「難題にも魔法のような解決策がある」という考えを戒めている。
「誠実さを貫くことが最善だ」と考えながら、誠実に振る舞うのは、多くの場合、最善の方法であるが、誠実であるのがいかに難しいかを強く意識している。
真実は、伝える側にとっても、伝えられる側にとっても辛い中身であるかもしれない。それでもやはり、経営者やマネージャーには、部下に真実を伝える責務があり、それは往々にして辛い中身である。
心を鬼にして真実を伝え、筋を通すのだ。
従業員は皆、マネージメントされる権利を持っているのである